不動産を買うとき、人はまず「価格」という大きな壁の前で立ち止まる。
人生でそう何度もない高額な買い物だからこそ、慎重になる。
不動産でなくても、大きなお金を動かすときは、あなたを引き留めようとする「こころ」があるだろう。
だが、クラウドファンディング投資は、その壁――いや、心理的ハードルを、見事に取り除いてしまった。
わずかな資金で「不動産オーナー」になれる、「普段できない投資に参加できる」という手軽さは、人々の警戒心をやすやすと溶かしていく。
慎重さを失ったとき、リスク意識は脆い。
高い利回り、豪華キャンペーン、ポイントバック――用意された餌たちに。
地域再生、環境、最先端の施設――物語を添えられて。
有名人の起用、省庁の登録、劣後出資――安心の演出に魅せられ。
競うように出資額が積みあがり――希少性の原理が働く。
クラウドファンディングという仕組み、数字で彩られた数々の実績。顔の見えない体験談。
これらが織りなす、強力な同調圧力。
さらには、貯蓄から投資へと誘う社会の風、
目に見えるインフレ、株価の高騰が焦燥をあおる。
これらが巧みに混ざり合い、
思考を止められた人々を、静かに取り込んでいく。
そして、わずかばかりのリターンを得て、
「投資家としての誇り」を、そっと撫でられ、
「仕組まれた安心感」を確かなものと誤解し、
いつしか慎重さを忘れ、さらなるリターンを求め、渇望に取り込まれる。
それが、誰かに巧みに設計された構図だとも知らずに。
その流れに、自ら足を踏み入れていることさえも気づかずに――。
あなたが、そこに多額の資金を投じようとしているとき、もう一度考えてみてほしい。
この投資の魅力は、「少額で始められること」ではなかったか。
その金額で不動産を買うとき、あなたは何を調べ、確認するのだろうか。
人にそのお金を貸すとき、何を信用して貸すのだろうか。
大規模な開発に携わる経験は少ないかもしれない。
その事業のビジョンは夢物語ではなく、裏付けとなる市場ニーズ、収支計画、取引先の信頼性――、
本当に確かな価値が、そこにはあるのだろうか。
これらを見失って、そっと添えられた重要な書面さえ開くことなく、
駆り立てられるように「そのボタン」を押していないだろうか。
用意された餌、安心の演出、同調圧力――。
それらが混ざり合ったとき、人は「判断しているつもり」になる。
あなたの思考は、見えない何かに誘導されていないだろうか。
考えることさえも相手に委ねていないだろうか。
耳をすまそう。
あなたの内なる声は、
たしかに、いまも、そこにあるのだから。
私は、盾を配りたい。
薄く広く張り巡らされたこの正体のない悪意から、あなたを守る盾を。
――この言葉が、あなたの心に届くことを祈って。
軽くなった扉の奥へと歩みをすすめ
はかる心は、いつしか置き去りになった
裸となった自分に気づくとき――
希望の扉が、そっと、サクラサク🌸
SAKSUC
※本記事は、少額投資やクラウドファンディングに伴う心理リスクの考察であり、特定の団体や案件の不正を断定するものではありません。
