語られない物語――「償還」という二文字が拒む、不動産クラウドファンディングの検証

クラウドファンディングを通じて投資をしたのなら、そのプロジェクトの完成を見届けたい。それは、投資家としてごく自然な感情だろう。単なる利回りという数字だけでなく、「自分の資金が何を変えたのか」という結果を、手触り感とともに確認したいという欲求だ。

ところが、クラウドファンディング投資――とりわけ不動産や融資型の世界では、運用終了後、「その経緯」も、「その後も」語られることは、ほとんどない。

分配が行われ、元本が戻り、画面に「償還」という二文字が表示される。 そこで、すべてが終わったかのように扱われる。

語られない物語によって、私たちは、
本来は時間をかけて築かれるはずだった何かを、
静かに「消費」させられているのではないか。

本来のクラウドファンディングが持っていた「循環」

そもそもクラウドファンディングは、単なる資金調達の装置ではなかった。
計画が示され、共感が集まり、実行され、そして結果が報告される。成功の喜びも、想定外の苦労も、時には失敗の弁明も含めて語られることで、支援者は「自分がその過程に参加した」という実感を得る。

この実感こそが、次の支援への意欲を生み、時間をかけて「信用」を積み上げていく原動力だった。
信用とは、結果が白日の下にさらされ、検証に耐えたあとに、はじめて残る「澱(おり)」のようなものだからだ。

「償還」という二文字で演出される信頼

しかし、現在の不動産クラウドファンディングにおいて、この循環は無残に断ち切られている。
この世界で、信頼を象徴する最も強い言葉は「償還」だ。予定通りに元本が戻る。それだけで、プロジェクトの中身がどうであったかに関わらず、「問題はなかった」という空気が醸成される。

ここで成立しているのは、「積み上げた信頼」ではなく「演出された信頼」だ。

それは必ずしも「嘘の信頼」ではない。
だが、検証を経ていない以上、それは築かれた信頼とは呼べない。

「償還」は、時間を圧縮し、プロジェクトの開始から終了までに起きたあらゆる不都合を無効化する力を持っている。予定より早期に売却されたのか、あるいは買い手が見つからず事業者が無理やり買い取ったのか。そのプロセスはブラックボックスの中に消え、投資家の手元には「前は大丈夫だった」という記号的な印象だけが残る。

「物語」を使い捨てる構造的合理性

なぜ、完成後の物語は語られないのか。それは、語り始めた瞬間に「検証」が始まってしまうからだ。

とりわけ、完成後の姿や取得価格の妥当性が問われるタイプの不動産クラウドファンディング――
たとえば、データセンターや蓄電池といった更地から建物を建てる開発型案件や、
「希少性」「将来性」を理由にプレミア価格で取得される用地を扱う案件に投資しているのであれば、
本来、投資家には次の答えを知る権利があるはずだ。

  • いくらで土地を取得したのか
  • その価格は、当時の市場環境と整合していたのか
  • いくらの原価で建物や設備が完成したのか
  • 完成した不動産は、実際にどんな姿になったのか
  • そこから、どれだけの事業収益が生まれているのか
  • そして最終的に、誰に、いくらで売却されたのか

これらが白日の下にさらされれば、事業者間の実力差は残酷なまでに可視化される。
計画の甘さも、相場観のズレも、リスクの見積り不足も、すべて時間を通じて露わになる。

価格の透明性が極めて低い不動産業界において、
こうした「答え合わせ」を突きつけられることは、事業者にとって致命的なリスクになり得る。

だからこそ、物語は使い捨てられる。
一度きりの物語を「消費」させ、完成後や価格の妥当性に触れないまま、
償還という手続きによって投資家の記憶をリセットする。

これは怠慢ではない。不都合な真実への検証を回避するための、構造的に合理的な選択なのだ。

同じ土地が「別の物語」として再登場する怪異

時間が分断された市場では、奇妙な現象が起きる。同じ土地、同じ不動産が、わずかな期間を経て、別の物語として募集画面に現れるのだ。

「フェーズ1」から「フェーズ2」へ。 一見、プロジェクトが継続しているように見えるが、そこには決定的な断絶がある。前回のプロジェクトが、当初の計画に対してどのような着地を見せたのか。なぜ再び資金が必要なのか。それらは「新規案件」という煌びやかな装飾にかき消され、投資家は常に「最初の一歩」から語られる物語を聞かされることになる。

もし前プロジェクトの償還金が、次プロジェクトの出資金によって賄われているのだとしたら――。
それが事実かどうかを投資家が検証できない一点において、この構造は「ポンジ・スキーム的」という疑念を、理論上、永久に免れない。

語られないこと自体が、最大の「情報」である

投資家が見るべきなのは、募集資料の美しいパースや、並べ立てられた社会的意義ではない。その物語が、どこから来て、どこへ行ったのかという「時間の系譜」だ。

  • 過去案件の運用報告書に、実数に基づいた振り返りがあるか。
  • 運用終了後の物件が、市場でどう評価されたかが開示されているか。
  • 同じ物件の再募集において、前回の「答え合わせ」がなされているか。

もしこれらが見当たらないのであれば、それ自体が重要な情報だ。それは、そのプラットフォームが「何を語らずに成立させている市場なのか」という思想の表明に他ならない。

結びに:物語の消費者から、時間の監視者へ

今の不動産クラウドファンディングは、信用を「築く」仕組みから、過去の信用を「消費」する仕組みへと変質しつつある。

「償還」の二文字に安堵し、思考を停止してはいけない。 その物語が、一瞬の打ち上げ花火なのか、それとも未来へ続く確かな足跡なのか。語られない完成、切断された時間に気づいたとき、あなたの投資はようやく「盲目的な参加」から「自立した判断」へと変わる。

「その後、どうなったのか?」
その一言を問い続けること。

それが、不透明な市場において自分自身を守る、最初の、防御になる。

私たちは、償還通知を受け取ったとき、
利回りを確認して喜ぶだけでなく、
一度だけでも、こう問いかけてみるべきなのかもしれない。

「あの土地は、いくらで売れ、その後どうなりましたか?」

その問いに、きちんと答えようとする姿勢こそが、
利回りよりも確かな、信頼の指標になる。


語られない物語――
あなたの目は、心は、
空白の「結果」に何を映すのか
問いかけよう、サクラサクまで

SAKSUC
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この記事を書いた人

投資歴はおよそ10年ですが、最初は利回りやトレンドを追う程度でした。
本格的に調べ、試行錯誤を重ねるようになったのはここ数年です。
初心を忘れず等身大の経験を共有することで、投資や社会問題に悩む人の参考になればと思っています。

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